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仙台高等裁判所秋田支部 昭和32年(う)23号 判決

控訴人 検察官

被告人 木村馨

主文

原判決中無罪部分を破棄する。

被告人を懲役二月に処する。

但し本裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

検察官長井省吾が陳述した控訴趣意は検察官辻内良隆作成名義の控訴趣意書の記載と同一であるからこれを引用する。

同控訴趣意(事実誤認)について。

原判決が公訴事実第二記載の「被告人は昭和二十八年六月中旬頃秋田県北秋田郡早口町長坂字坂地十四番地の町長高橋怡一郎方において同人に対し稲葉猪太郎が前示払下げ立木を早口町より早口町農業協同組合に特売するについて種々便宜を図り尽力をなしたる謝礼として供与するものであることの情を知りながら現金十万円を同人に交付しもつて稲葉猪太郎の犯行を幇助した」との事実に対し被告人が高橋怡一郎に金十万円を手渡したことは明らかであるが右金員を稲葉猪太郎が贈賄の用に供するものであることの情を知つていた点につき証明がないとして被告人に対し無罪の言渡をしたことは所論のとおりである。しかして被告人の原審公判廷における供述、検察官に対する昭和二十九年二月二十七日附第二回供述調書、原審第四回公判調書中証人稲葉猪太郎、同佐藤甚之丞の各供述記載を綜合すれば被告人が当時右金十万円を含めた金十二万円の預り証を稲葉猪太郎に差入れたこと、同人は該預り証を担保として前記農業協同組合より金十二万円を借受けたこと、右組合もまた被告人に対し該預り証の真偽をただし融資した事情を告げた上預り金の返還に際しては組合に連絡すべき旨の注意を与えたこと等の事情が看取しえられるところ原審はかかる事情の下にあつては稲葉猪太郎より何等かの指示を与えて交付させる等特段の行為があれば格別そのようなことのない本件においては稲葉猪太郎が右金十万円を高橋怡一郎に贈賄する意思でいたことの知情を推断することは甚だ不自然で牽強附会の譏を免れないと説示するので按ずるに被告人の司法警察員に対する昭和二十九年二月二十日附供述調書(記録一一三丁以下)検察官に対する前記第二回供述調書、同じく昭和二十九年三月十一日附第四回供述調書の各記載を綜合すれば被告人は早口町議会議長稲葉猪太郎が首謀し他の議員等と共に昭和二十八年二月頃より高橋怡一郎町長に働きかけ官行、県行造林の払下げ特売に関し町議会を開催せしめ関係議案を提出せしめる等種々工作を進めていたことを関知していたので稲葉猪太郎の依頼により昭和二十八年四月一日秋田木材株式会社振出町長高橋怡一郎宛金額五十万円の約束手形二通を担保に秋田銀行大館支店より金八十万円借受けの斡旋をした際右手形金が右造林払下げに絡まる差益金である事情を察知しており、同日銀座荘において稲葉猪太郎より小林信郎助役に手渡すべく依頼を受けた金四万円が同助役に対する右払下げ議案の提出等に尽力した謝礼として手渡されるものであることの事情を了知してその頃これを同助役に取次ぎ又稲葉猪太郎が右手形残金二十万円を同年五月三十日の支払期日に銀行より収入役の口座に直接払込む手続をして被告人に保管を託しそのうちより浅利市五郎議員に手渡すべき金八万円を差引いた残金十二万円につき前叙のとおり預り証を稲葉猪太郎に作成交付したのであるが同年六月中旬頃高橋怡一郎より右保管金のうち金十万円を届けて貰いたい旨要請された際も同町長より稲葉猪太郎の了解をえている旨告げられ稲葉猪太郎が高橋怡一郎に対し前記造林の払下げ特売に関し尽力した謝礼として右金十万円を交付するものであることの事情を認識して金庫より金十万円を取出し町長の自宅に届けたことが認められ、当審における証人高橋怡一郎の供述、原審第二回公判調書中同証人の供述記載、稲葉猪太郎の検察官に対する昭和二十九年二月二十五日附第一回供述調書謄本及び原審証人稲葉猪太郎の証人尋問調書の各記載を綜合すれば稲葉猪太郎は直接収入役の口座に払込み被告人に保管を託した右手形残金二十万円のうち浅利市五郎議員に手渡すべき金八万円を差引いた残金十二万円につき被告人より預り証を受取りこれを担保に前記農業協同組合より金十二万円を借受けておりながら高橋怡一郎に対しては予て約束していた造林払下げ特売に関する謝礼として金十万円を被告人に保管を託した右金十二万円のうちより受取るよう申向けていたこと。及び高橋怡一郎は同年五月末頃稲葉猪太郎より造林払下げに尽力した謝礼として金十万円を被告人に託した右保管金のうちより受取るよう指示され、被告人にその事情を確めたところ被告人が金十二万円を保管している事実を確認したのでそのうち金十万円は自分が稲葉猪太郎より貰い受ける分である旨告げて翌日被告人に自宅までこれを届けさせたことが明らかであるから以上の各事実を綜合考察すれば稲葉猪太郎が被告人に対し特段の指示を直接与えておらないことは明白であるけれども稲葉猪太郎は高橋怡一郎に対し被告人の保管している右金十二万円のうちより謝礼金十万円を手渡す旨高橋怡一郎に指示しこれに基き同人は稲葉猪太郎より貰い受ける分であることを被告人に告げて右金十万円を受取り被告人もまた稲葉猪太郎が高橋怡一郎に供与する払下立木特売につき便宜を図り尽力した謝礼金であることの事情を認識して高橋怡一郎に交付したことを確認するに充分であるから前説示の事情下に稲葉猪太郎の被告人に対する特段の指示行為がないからといつて被告人の右知情を認定することは少しも不自然ではなく右認定を目して牽強附会の論となすことはできない。しかして右認定に副わない被告人の原審公判廷における供述及び原審第四回公判調書中証人稲葉猪太郎の供述記載はいづれも前記各証拠に照らし措信できない、他に右認定を覆すに足る証拠はない。されば右と認定を異にした原判決は事実を誤認したものでありこの誤りは判決に影響を及ぼすこと明白であるから破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十二条により原判決中無罪部分を破棄し同法第四百条但書により当裁判所において改めて次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は秋田県北秋田郡早口町収入役として同町の出納その他の会計事務を掌理していたものであるが昭和二十八年六月中旬頃同町長坂字坂地十四番地の町長高橋怡一郎方において同人に対し同町議会議員稲葉猪太郎が官行、県行造林等払下げ立木を早口町より同町農業協同組合に特売するについて種々便宜を図り尽力をなしたことの謝礼として供与するものであることの情を知りながら同人より預り保管中の金十二万円のうちより現金十万円を高橋怡一郎に交付しもつて稲葉猪太郎の贈賄の犯行を幇助したものである。

(証拠の標目)

一、被告人の検察官に対する昭和二十九年二月二十七日附、同年三月十一日附各供述調書

一、被告人の司法警察員に対する昭和二十九年二月二十日附供述調書(記録一一三丁以下)

一、原審第二回公判調書中証人高橋怡一郎の供述記載

一、稲葉猪太郎の検察官に対する昭和二十九年二月二十五日附供述調書謄本

一、原審証人稲葉猪太郎の証人尋問調書

一、当審における証人高橋怡一郎の供述

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第百九十八条、罰金等臨時措置法第二条、第三条、刑法第六十二条に該当するので所定刑中懲役刑を選択し従犯であるから同法第六十三条、第六十八条第三号に従い法定の減軽をなした刑期範囲内において被告人を懲役二月に処すべく尚情状執行を猶予するを相当と認むべきところ被告人は原判決において公訴事実第一につき懲役三月二年間執行猶与の言渡を受け右は確定しておるのであるから本件につき同法第二十五条第二項を適用すべきやの疑義が生じない訳ではないが元来本件犯罪事実は右確定判決の事実と同法第四十五条前段所定の併合罪の関係にあるものとして起訴せられ一個の刑をもつて処断せられるべきものであつたのであるからかかる場合は同法第二十五条第二項を適用すべきではなく且つ右両者が同時に審判せられたとしても一括して執行猶予の言渡を附するを相当と認められる情状にあるから同法第二十五条第一項を適用し本裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予すとするを相当とすべく当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により被告人をして負担せしむべきものとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村美男 裁判官 大島雷三 裁判官 三浦克己)

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